2007年09月26日

ヤァタの宮の祖先

image/hifumi-ryu-2007-09-26T09:26:03-1.jpg写真は住吉大社裏にある古樹のディウ゛ァ(日本的には御神霊)


天照大神(飛騨の大ヒルメムチ様)と夫の思兼命(オモイカネのミコト)の間に、五男三女が生まれました。


三人の姫様方は、多紀理姫命(タキリ姫)、多岐津姫命(タキツ姫)、市杵島姫命(イチキシマ姫)です。


この三人の姫様方が九州大分県の宇佐宮の始まりの方々です。つまり、宇佐宮の比売(ヒメ)神とは、この三人の姫様方なのです。


全国にある(中には祭神かりはずされた宮もある)八幡宮(ヤァタの宮)の比売(ヒメ)神は、天照大神様の三人の姫様方なのです。


それは全国八幡宮の元宮、石清水八幡宮(元は男山八幡宮)の案内板に書かれています。例によって「……とされている」と曖昧にされてはいますが、この宮から源氏が全国に八幡宮を広めた事を考えると、日本原住民の源氏が祖先神を広めた霊的意味が判じられるのです。



八幡宮は全国で一番多い宮であり、名前が明かされずに「比売(ヒメ)」とだけあるのは、そこに日本原住民隠し日本歴史隠しがあるからです。日本神社本庁は、その歴史隠しに一役買っていると言われても仕方のないことです。


まだ不明な上(祖先)があります。オリオン星座の三星と言われ続ける、大阪は住吉大社の「上筒、中筒、底筒」の神々です。


我が祖先は上祭り(先祖祭り)を行ったのであり、オリオンその他の神を祭ることはなく、「上筒、中筒、底筒」の三人の祖先は、明確にかつての日本の祖先です。この三人の祖先の元型も飛騨の三姫様です。



三人の姫様方は、海から越えて来る外敵に備えるために、宗像三神として沖島、中島、そして宗像の地と三カ所に祭祀されています。

中でも沖島は国宝級の遺物の島であるのに、たいした検証も実施されず、また沖島の沖の海底に眠る遺跡も何ら報告されていません。


私の自信ある推論は、「上筒、中筒、底筒」の住吉大社の上(祖先)は、天照大神の三人の姫様方ということです。上筒は沖島、中筒は中島、底筒は宗像の地であります。


これはかつての陣形であって、海から越えて来る外敵の侵入者と対峙する陣跡であり、海から来た人々は日本に入国する際に、「献上品」を沖島に納めたのです。これが国宝級の遺物の数々です。それらは、通行税のような物かもしれません。


ここで想起されることは、三人の姫様方は海から越えて来る侵入者に自ら立ち向かわれた、その痕跡が三つの宮跡だということです。

そうしたかつての三人の姫様方の働きから、「海の守り神」たる「上筒、中筒、底筒の神々」が考えられ(三姫を隠し)、今日の住吉大社の祭神とされました。



神は上=祖先とする視点こそは、飛騨高天原天孫族を見つける鍵です。「神」とした外国のやり方は、何ら霊的にも正しい認識方法ではなかったのです。


私たちはワンネスから鳴り生り成った一つであると、私たちは還る故郷を持つ存在だと、この現在の認識と何ら矛盾しないものでした。


過去の祖先は今を照らし、今の私たちは過去を光で照らし、つながった螺旋の確認が出来る視点は決して私たちを孤独にはしないでしょう。


ヤァタの宮の始まりは三人の天照大神様の姫様方であったこと、貴方のハートにも納めていただきたいと思います。

ニックネーム 龍 at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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