昨夜から「ミャ〜ミャ〜」と声がして、近くに捨て猫がいるとわかっていました。
マンションがたくさんあるために、マンションの壁に声が響いています。若い子が出す奇声より気になるので、さっき(午前四時すぎ)見てきました。
近くに事務所があり、そこの前のバス停のベンチの下で鳴いています。近づくと逃げるので、誰かお目当ての人がいるのかも知れません。
我が家の風ちゃんの食べ物を少し置いたら、その事務所に男の人が自転車に乗って現れたので、帰って来ました。が、まだ鳴いています。でも、安心しました。
涼しくなると寒さに近づきます。近くの公園で野宿しているおっちゃんは、何時ものアルミカン探しの仕事を始めました。また今夜も、救急車で搬送される病人がいました。
カマガサキで昔、あるおっちゃんに刑事と間違われ、「〇組はほんまにようしてもろてます」と、まったく関係ない話を聞かされました。
おっちゃんは、正月には弁当を配る地域の暴力団事務所を誉め、どういう訳か、そんな話をしました。
ギターを持って行ったら「一曲弾いてんか」と気軽に言われ、「ちょっと急いでんねん」と言葉を交しました。
気持ちが高ぶり、帰りの電車の中で人目をはばからず泣いてしまったことを思い出します。
友達に「俺、あんなん辛いんや」「あかん、涙出てしゃないわ」と、先頭を切って暴れた私がそんな事を言いました。
それらの記憶を、今なら少しはたどれそうな気がします。
気になると身体が動くのは、小さな頃からの特徴です。その過大な思いの裏に、遥かな記憶があるのです。しかし、過大過ぎるために自身の方向をかえって規定してしまう傾向は、あまり良い結果ばかりではありませんでした。
小さな子猫の声に、公園のおっちゃんに、そんな反応をしてしまう私です。金星を火星を仰いで帰って来ました。もう亡くなった、ヤクザもんの男たちの顔、あの頃の「熱い」何かを、心に鎮めた人生です。
赤い月が印象的な散歩道です。あの子は鳴かなくなりました。
「旗を立てておこう」、「誰が来てもいいように」と、また過大な思いのある昭和29年3月生まれの、こんなおっさんのブログは、まだ続きます。
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