私は、伝えたいことは、何から話そうか3で完結されたと思う。でも、外伝を始めたのは、集中した時間を持つとさまざまな過去からの情報が精査されていき、その事が自身のカルマを気づかせているからだ。
ネット・サーフィンをして他人のブログを見ると、考え方の違いなどよりは、本当に多くの人達が熱心に真剣だなと思う。食事が終わって、寝るまでの数時間、この国ではたくさんの人達が思考している。
もう2012年は、そんなに特別な、一部の人達だけの、予言じみた、秘密めいた事ではないような気すらしてくる。「変わる」から「何かを始める」のではなく、「変わる」なら「悔いのない生き方をしよう」と、ますます自分に正直になるべきだろう。
だから私は、この外伝を、ますます自分のものにして行く必要を感じる。私は語りかける、亡くなったじいちゃん、ばあちゃんに。私の中に窮屈そうにしているもの達に、それらを理解し認め、時には判断から解放し、時には許そうと思う。
内と外から高まったエネルギーに、其処が窮屈になったなら、「お前ら出て来たらどうや」とすら語りかけたい。
外伝は支流の話だ。支流ながら、それらの小さな、くだらない、馬鹿馬鹿しい話たちが、私は大好きだ。「女とは何や?」と、馬鹿正直でいられる自分が大好きだ。
「何しに来たんですかね?」と尋ねると、「やりたい事があったやろ?」と反対に尋ねられる。
この人の多い町に縁があり居てるのは、「よう見ておけよ」と言われているのだ。見すぎると頭が混乱しそうな町で、「やっぱり人は変わらへん」と挫折したあの頃の宿題の続きを、また始めているのだろう。
挫折して私は、やっぱり壊れた。壊れた自分を責めた。責めて病気を作った。いろいろあった。
そんな親父の外伝だ。
スピリチュアル・エリートなんかはクソクラエ!わしゃ、充分に、まだまだやれる。
付き合ってくれて、ありがとうございます。
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