※ 大和朝廷が飛騨天孫族の何世代にもわたる努力によって開かれたが、その後人皇十代崇神天皇のときに「事件」は起こる。
天照大神はニニギ命にこう申された。「この鏡を飛騨皇統命(スメラミコト)のしるしとし、大切にして、あなたの住み眠る社(家)に置きなさい」。
その「事件」とは、天照大神の宝の鏡が皇の住む社から出され、その上あろうことか、近畿地方と東海地方まで、鏡を持った人皇の姫と共に数十年も「旅」をすることになるからだ。
何が神武天皇から崇神天皇の御代の間にあったのか?
それがこの物語を解く鍵である。
日本書紀(訳現代文)
―『日本書紀』 全訳現代文 宇治谷 猛著 創芸社出版から 引用
崇神天皇五年 国内に疫病多く、民の死亡するもの、半ば以上に及ぶほどであった。
六年、百姓の流離する者、あるいは反逆するものあり、その勢いは徳を以て治めようとしても難しい。それで朝夕天神地祇にお祈りした。
これより先、天照大神・倭大国魂の二神を、天皇の御殿の内にお祀りした。
※ 崇神天皇の五年に、流行性の病気で国の人々が半分以上亡くなることになった。
天皇は朝夕と天と地の神にお祈りした。
天皇の御殿には、天照大神・倭大国魂神の二神をお祀りしてあった。
そしてその神の勢いを畏れ、共に住むには不安があった。そこで天照大神は豊スキ入り姫に託し、大和の笠縫邑(村)に祀った。
※ これが天照大神の勅命に逆らう理由にされている。「その神」が二神の内のどの神か、わからない。「勢い」というからには、神が何らかの発動をされた、と読める。しかも、「勢い」は、共に天皇が住めない不安を持った、ほどの「勢い」である。
神の「発動」の理由が、先の文書からして、流行り病にあるようでもある。ある書には、「汚されんことを畏れて」神を天皇の御殿から出したとあるから、やはり原因はこの流行り病であるようだ。
これはおかしいのである。
ここには既に、鏡=天照大神という前提がある。そして、神は不浄を嫌うという暗黙の了解事項が存在している。これは、まったくおかしいのである。
飛騨高天原天孫族たる祖先に、鏡を神とする思想はなく、まして神が、流行り病を汚されるといって嫌うような祀りはない。
鏡は皇統命のしるしであり、飛騨国大ヒルメの形見であるから大事にされたが、神ではないし「勢い」を示されるようなものでもない。
初代神武天皇から崇神天皇の御代の間に、いや、少なくとも第五代から十代天皇の間に、鏡は「神」とするような祀りが実施されて来たのである。
いつの間にか日本の大和に、その様な神祀りが行われて来たのだ。しかも、崇神天皇の頃には、神は不浄を嫌うという神観が存在している。
これは本当におかしくないのか?
神とは鏡に宿る存在でおかしくないのか?
神は不浄を嫌うは、おかしくないのか?
これは、おかしいのだ!
これを神の発動とするのは、神に対する暴とくではないのか?
ここに神道に仕掛けられた魔法の第一の矢を知る。









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