それは「作られたアメリカ中流家族」でありましたが、目の大きなルーシーの顔とスタイルは、強烈なインパクトを私に与えました。
鼻の高さは、小学校の美術教室に置いてあった「ブロンズ」像であり、キラキラ光る金髪は、美術図鑑にあった絵でした。日常は、親父がステテコ姿で畳に寝転び、近所にはオシャレをしているような女性は居ず、みんな大きな声で話し、騒がしい日々でした。
映画館で見る大人は背広にネクタイで、裕次郎は喧嘩が強く明るくて、若大将はギターを弾いて歌い、星ゆり子さんは言葉使いが丁寧でした。
「何してるんや〜こら〜!」なんて言わず、狭い現実から見る外人は、どう見ても「優秀な」人間のようにしか見えず、比較して我が街は、ひどく「劣って」いたのでした。
このような歪みは正される機会を与えられず、それは誰かが言いそうな「個人」の問題であり、マーブルチョコレートが欲しいと思うのは身のほどを知らないことなのだからと、そんな事は誰も言わないにしても分かっていて、金持ちをうらやむ事は間違いなのでした。
テレビで知る「現実」にはすぐにでも手が届きそうには思うのに、身の周りの現実を知れば知るほど遠のいたのでした。
美に対する憧れは、そういった日常生活からもたらされた意識に、ある時には反動となりある時には同調してきました。
優しい言葉使いの女の子に憧れるくせに正直になれず、美人が手放しで好きなくせに、自らを何処か制限しているという、意識の二重構造の中に、悶々とする青春時代でした。
先生や大人たちは建て前でしゃべる、しかし、身の周りの大人は「ええもんはええ」と言う。ベッピンは男のカイショであり、そんな高値の花を手に入れるのだと笑う。
初恋や恋愛をした女性は、私のあの頃の、どんな私が求めた相手だったのかを想う。その時々の私の自身の価値観を振り返る。
そして、また、女性美を考えてみる。
本当に見なければならないところ、そこに焦点の合わない諸々のコビリついたアクがある。この目は、そんな役割さえ果たしていない。ピントを拡大するばかりで、肝心なものが見えてもいない。
こんな年齢になってようやく、私はそんな事を一人笑って言えるようにはなった。
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