2007年02月24日

八岐(やまた)の大蛇(おろち)退治の真相

同書 P73〜


〇 八岐の大蛇退治のオロチは大陸のオロチ族だ


出雲地方にも弥生時代に朝鮮半島北東部のオロチ(オロチョン)族が来て、出雲の砂鉄から鉄剣を作っていたのです。


そのころ、これらの人々が略奪結婚をするために、両親の世話をしなければならない跡とりの娘までも奪い取ろうとしたので、素戔鳴命(天照大神の弟)はこれらの男たちに酒を飲ませて、酔ったところを切り殺した事件を『古事記』には八岐の大蛇退治として記されているのです。


こうして外国の言語や文化は日本人の中に浸透してきました。血も混入されてきましたが、鈴鹿地方以東はまだ純日本人の血は保たれていると、血液学者は証明しているのです。


出雲地方に入ってきた民族について考えてみますと、朝鮮北東部の国境を越えたソ連領に、アルタイ山脈から北満(現在の中国東北部)に伸びているアルタイ語族に属するオロチ族が住んでいます。この民族が出雲に来て、女狩りをして大蛇のごとく嫌われたのです。


※ ひふみ神示には「オロシアに上がりていた極悪神」とか、「北から来るぞ」とあり、リラ人の足跡を見る気がします。

現在オロチョン族は平静な暮らしをしていて、そんな過去があったなど、現在の人々にはみじんも見られません。




『古事記』では「越しの八岐のオロチ」と出ています。「越し」とは海を越してきたという意味であり、「八岐」とは「たくさん」という意味です。「オロチ」とは大蛇ではなく民族の名ですが、蛇とオロチが同じものになったのです。


このオロチ族が出雲に勢力を張り、日本の征服を企図していたのを予見して、その退治を命令されたのがイザナギの命であり、それを素戔鳴命と相談して、実施に移す計画を立てられたのが天照大神であり、実際に退治したのが素戔鳴命であったのです。『古事記』にはその辺をぼかしてあるのです。


オロチ族はアルタイ語族に属する民族で、朝鮮民族でもなく漢民族でもないのですが、出雲に根を張って純日本語に大きな影響を与えたのです。この他、中国南部あたりから流入した人々が稲作を伝えて、日本の生活文化に大きく影響して参りました。


ニックネーム 龍 at 01:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
 真相は、島根県の安来市にある「つべしろ」というなぞのものが解く鍵です。
Posted by 天辻 at 2007年12月10日 19:25
情報ありがとうございます。

調べてみます。

Posted by 龍 at 2007年12月10日 21:00
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