2007年07月31日

よしりん教


私もあるサイトで、「大儀」「大儀」と宣う、ピーチクパーチクのよしりん教授の「学校」の生徒諸君に出会った。


まず「大儀」は『大義』と書く。よしりん教授はあえてそう宣っておられるのかは知らない。本を見る気もしないからだ。


よしりん教は、「日本も核武装するべき」との考えらしい。ただし「持つだけで効果がある」との高説らしい。たいしたもんだ。「使わないで持つだけで効果」とは、この男、喧嘩もした事がないらしい。


敵を知らない。知らないからこんな大風呂敷が広げられる。もし、あなたが「よしりん教」ならば、考えてほしい。敵は単純な中国・北朝鮮なのかどうか。

アメリカという国から英国という国を知り、その「ブリテン」が、いや四つある国名で呼ばれてきた意味を、よしりんより知れば、そんな「手」がいかに役に立たないかを理解できる。


東京都知事、石原は、もっと勇ましい。「君のために死にに行く」と映画を作り、若いあなた方をプロパガンダする。



あの戦争中の一時代だけを切り取り、彼は死んで行った者に賛辞を贈る。ならば石原よ、生き残った人間として、時間を与えられた人間が、あの戦争から学んだ数々のその人々にとっての真実を、たくさん存在する歴史観を「一定」に改める愚を知れ!


まずは政治家として、死んで行った者たちに対する責任として、命をかけて守られた国に生きる者としての務めとして、売国奴を追究し告発せよ!


敵に塩を贈る貴様らこそは、売国奴と知れ!
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原爆投下は「衝撃と畏怖作戦」の幕開けだった


『タウ゛ィストック洗脳研究所』―17(節)プロパガンダと心理戦争についての研究―P139〜著者 ジョン・コールマン博士
監訳者 太田 龍
初版第1刷 2006年3月30日 叶ャ甲書房


米国政府の公文書を読むと、有用なものもそうでないものもあるが、(米国を含む)諸国がすさまじいプロパガンダ(宣伝=この場合は吹聴)攻勢によってコントロールされるに至った様子が手にとるようにわかる。


プロパガンダの数があまりに多すぎて、タイトルと内容の概略くらいしか私には言えない。私のまとめた情報によって、米国民が無関心の寝床から目覚め、自分たちがもうすぐワンワールド政府―社会主義新世界秩序の奴隷になってしまうということをわかってもらいたい。


※ ウィリアム・G・カー『闇の世界史』には、ワンワールド政府ついて短くこう記述がある。


「併せて、その長期計画に秘められた動機はメシアの時代を再現し、パレスチナに中央政府を構え、国際的ユダヤ人がその全体主義的イデオロギーを全世界の人々に強要することであるとも、彼らは結論づけた」。P414



(以下「」は、博士が簡潔にまとめられたタウ゛ィストック洗脳研究所の「教本」の内容である。邪悪な悪魔に仕える者たちの「頭の中」がわかる。)



「公式な定義=ワシントンの権力中枢が用いる言葉や定義を収集して役立てること。ここで引用される計画の登場人物は、例外なくタウ゛ィストック関係者である。」


「社会科学と政治介入=プロジェクトが表面上「発展支援」とうたっていることは、事実上、南半球の文化的社会的関係に危険を招く可能性がある。」


「莫大な金銭的見返りを引き換えに、「援助」提供者は被支援グループの心理を集中的に研究し、もっとも悲惨な悪夢の中でさえ出てこないやり口で彼らを利用することが多い。」


※ 南アフリカにおける長い「虐殺」の歴史を、貴方は知っていますか?

動物愛護団体を称して、「国立公園」内でライフルを撃つイギリス貴族を、貴方は知っていますか?




これこそジョン・ローリングス・リース(悪魔の洗脳研究所の生みの親)がタウ゛ィストック(大学の敷地内の研究所)で教えたことであり、それは米国人の生活にくまなく及んでいる。


「衝撃と畏怖(ショック・アンド・ウォー=迅速な支配の確立―これはワシントンの国立防衛大学の教本(1996年度)に書かれており、2003年3月と4月に続きを読む
ニックネーム 龍 at 17:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年07月30日

台風五号発生


アラスカの電磁秘密兵器に最大の関心を!


この現代の見えない気象調節兵器によって、世界中で人間だけではなく多くの生き物たち仲間が殺されていることに最大の関心を!


台風五号に対して注意の目を向けて、少なくとも日本列島に共に生きる仲間のために最大の関心を!
ニックネーム 龍 at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

休憩


「スサさま〜」


「おう、此処じゃ」


大きな男は丘の上に座り、登って来る飛騨からの使者に手を上げて答えた。


「此処におられましたか」


「ワシをあだ名で呼ぶな。出雲に来てからはすっかりその名でみなが呼ぶ……」


「そうでしたな。スサとあだ名したは、オロチ一族でしたな」


「スサとは有りがたくもない名よ」


「それでは、飛騨のミコト様、ムチ様からの伝言をお伝えしに参りました」


使者が改まってコウベを垂れた。



「これ、お前までが改まって……わしは、他国のような王にはならん!」


「あっはっはっ!それでこそ、われらがミコト!」


「よく来たな。里に帰ったら姉様の話を聞かせてくれ。わしは、姉様にはいつも気を使わせてばかり……、姉様はお元気か?」


「はい、飛騨にぜひお帰りくださいとのことです」


顔が明るくなった。


「そうか、姉様がそのように申されたか。よし、早く里に帰ろう!」


「スサの男」は、乱暴な男ではない。姉思いの優しい男だ。闘ったオロチ族がそうあだ名し、後世に伝わったのだ。「帰って来い」は、あの闘いについて姉が「わかった」ということなのだと理解した。



出雲のオオの里がよく見える丘を、二人の幼馴染みが滑るように降りて行く。「そうか」と、笑いながら……。
ニックネーム 龍 at 18:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

芯に入る言葉


暗闇ばかりの道に、ひふみ神示の言葉があった。


王仁三郎が「こんな改心しか言わん神の言葉など、誰が読んでありがたがるかい。こんな恥ずかしい神示」と言ってのけた大本開祖の生きざまに、私は直感を信じた。


太田龍氏の難解な文章に、悪魔を見つけ出そうとされる変わらぬ情熱に、私は頭を下げたかった。


生まれた所は、気づきの場ではなかったか。見てきた世界は、私に何を教えてきただろうか。


サティアの言葉は、優しく生まれた場所の意味まで伝えていた。ラーの力強さは、これからの地球を教えていた。大天使はやはり存在したのだ。


しかも、飛騨高天原天孫族がよみがえり、私は生まれて初めて天照大神に出会った。この幸せは、さらに芯を強くさせた。


背の高い綺麗な方は、石清水八幡宮の姫様の母上であり、祖先がマコトを捧げられた尊い我が民族の母上様であった。


この恩に報いたい。この生を尊びたい。
ニックネーム 龍 at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

「商売人」


私は仲間の内でも、身内に「地域ボス」がいたために、よけいにトンガってはいた。


「地域ボス」は、町の「各種団体」の代表、「左翼」政党支部関係、さらに自ら会社を起こして、巧みに世間を泳いでいた。


政党支部の役員、組合幹部、それらが日常大した活動らしきものをせず、「号令」ばかりかけていることにもムカついていたし、肝心の「大衆」たる農村地域の親父連中の問題意識の無さにもムカついていた。


私は単独でこれら連中の「会議」に出席し、批判してやった。「地域ボス」は怒り、「俺が何十年かけて育てた組織を」と言った。「何十年かけて、このザマか」と反対に問い詰めた。


そんな私を心配してくれる人がいて、「〇〇君、商売人だけには気をつけえよ」と常に諭してくださった。組織拡大の70年代の始めから、部落解放同盟は「組織の内部矛盾」を抱えていた。しかしそれは、当たり前だった。

別におっさん連中は、「世の中が変わる」ことなんて思ってもいない。まずは自分の損得が前提であり、私のような若い「ひよこ」は相手にしてはいなかった。


私は度々、「会議」を喧嘩の場に変える奴で、おっさん連中に嫌われていた。しかし、そこへおばちゃん達は応援してくれ、少ないけれどおっちゃんも同意してくれた。


地域の組織とは、そんなところから始めなければならない。「会議」は喧嘩場というのは、けして大袈裟ではなかった。


そんな組織に、「会社」代表となったヤクザが目をつけるのは時間の問題だった。「組織の内部矛盾」はこうして表面化した。


先輩が諭してくださった「商売人」は、結局、上手に泳ぎきった。組織が世代交代を成し終えた頃、ある人の死を契機にして私は組織を離れた。


また、「うつ病」も抱えてしまった。体が反応しなくなった。


私はしかし、「ケジメ」だけはつけたいと思うようになっていた。そう、次の「段階」へと歩き始めたのだ。
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被差別部落に残された言葉


私たちにも小さいながら差別意識はあった。被差別部落の我がお祖父さんお祖母さんたちは、身なりは汚れていて化粧などは縁がない。


話す言葉は、学校やテレビや映画などが伝える「標準語」とは大いに違い、生活環境からくる「怒気」を含んでいる。


何ということだろう。表面しか自分の大切な身内を見れないなんて。そして、言葉というものが、お祖父さんお祖母さんも先祖から引き継いでいたことに気づかないなんて、本当に何ということだろうか。


従って私たちは、被差別部落の日常会話が「良くない言葉」だと理解していた。「そんな言葉使いだから差別されるんだと」、そう思ってきた。


間違いだ!間違いだ!

前記の飛騨「方言」については、容易に検索される。


私の感想は、被差別部落に字の書けない、読めない人がたくさんいたために、かえって古い言葉が残ってきたのだと思う。


「あ〜嫌」とお祖母さんが口癖にしていた言葉は、「ア〜イヤ」の外来語から来ていたのかも知れない。


「キヤツナイ」、気持ちに感謝します、の言葉は、古い言葉だと分かる。武士も使わなかった言葉だろう。


「文盲」は、「文化」から遮断された人々は、古い言葉の継承者に違いない。その古さは同時に、この人々の苦難の人生のつながりによって、生き抜き、残されたのだろう。


エリート学者も知ってはいる。知っていながら無視している。彼らは民に奉仕なんてしなかった。


英国・アメリカ国語をさも時代の流れのように多用する日本人には、わが民族の誇りなど値打ちも感じられないだろう。


支配・抑圧・操作の世にあって、みすぼらしい、教養のない、「文化」的なものから離された民の生き方こそは、民族の純粋なる言葉を残し得たことに、その故郷に生まれ育ったことに感謝したい。
ニックネーム 龍 at 15:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

飛騨「方言」と「関西弁」ア行編


〇 アイソムナイ
物足りない、もてなしのない。

* 愛想のない
アイソミナイ、アイソモナイ。


〇 カニ
申し訳ない

* カ(ン)ニ(ン)


※ 上が飛騨の「方言」で下がその意味。*印は「関西弁」。


〇 アジナイ
まずい、おいしくない。

〇 アゼチ
分家、本家から別れて一家をたてる。

* アゼ
田んぼと田んぼを区分するために設けられた土を盛って作られた道。アゼ道と使う。


〇 アノナー
呼びかけ。あのね。


〇 イウ
髪をととのえる。結ぶ。

*関西では「ユウ」と発音。古代では「ヒ」の音は「イ」と発音された。


〇 イキル
暑い、蒸し暑い。

* 「何をイキッてんねん」(何を熱くなってんねん)と使う。


〇 イゴク、イノク
動く

* 「それ早ようイノカセ」とお祖父さんお祖母さん世代は使っていた。


〇 イノカス
動かす



〇 イランカナ
いりませんか?



〇 イワサル
言いなさる。

* 「こら〜オンドレ、イワシてまうど」
(イワス=言うことをきかす)


〇 ウスル
ゆする。ゆさぶる。

* ユスル


〇 ウンマイ
うまい。



〇 エー・イー
良い。

* 「ええなあ」


〇 エーワイ
もういい。

* 「ええわい」
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2007年07月28日

微笑ましい光景


10万人デモの時の微笑ましい光景を思い出した。


本当に部落のおばちゃんたちは素敵だ。ハヤル若い子らの気持ちと、警備する機動隊のことを察して、歩きながら話かけていた。


「この子ら(機動隊員のこと)も大変やで。そやけど、みんなが怒ってる気持ちもわかってや」と話し出した。

「おばちゃんらはな、あんたら(機動隊員)のこと何にも憎いこともあらへん」


「裁判官は賢いと思て、今まで正しい判決が出るやろ思た」


「けど、どうや?賢いはずの日本の裁判官が、誰の言うこと聞いてるのか知らんけど、何もほんまの事なんか見てへんやん!」


「あんたら、家に帰ったら、頼むさかい石川さんの本よんでや」


「おばちゃんは字が読めへん、さかい、この目をしっかり開いて世間を見てきた」


すると、なんと一人の機動隊員が頷いた。


「みんな〜!この子には何にもせんどいてや!」おばちゃんは大声で言った。


「そや!この子らも赤い血が流れてんねん!ほんまにドツイたらなあかん奴は、あっち(裁判所と警察と検察)におるど〜!」部落解放同盟中央本部の腕章を巻いた、かっぷくの良い行動隊員が同意した。


きょうだいたちは、一斉に隊列に戻った。「その通りや!」と、また誰かが言った。「もうデモは終りや。みんな!家に帰ろう。帰ってからまた始めよう」そう、おばちゃんは言ってくれた。


私はじ〜んとしていた。仲間もそうだったろう。誰かが機動隊員に「すまんかったな」と言った。緊張感が疲労感に変わり、みんな「家」を意識し始めたと思う。


「機動隊の諸君!ご苦労さん!」誰かが言った間の良い言葉に、初めて笑い声がした。


「石川さんは無実だ!」デモはシュプレヒコールに変わった。怒りは内に戻した。


あのおばちゃんの一言に、みんな感動していた。帰る時、私たちはおばちゃんに礼をした。「ご苦労さん、ご苦労さん」と、被差別部落の肝っ玉の太いおばちゃんは笑ってくれた。
ニックネーム 龍 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

批判する者


太田氏の「異星人説」や、最近の著作活動について批判する人がいる。


私は、命をかけて真実を訴えている人を、批判するだけの人は、何も見えてはいないだろうと思う。


右翼に狙われたり、わけのわかない奴らに狙われたり、それだけではない。出版業界や業界人に、「専門家」やロクデナシに、ピーチクパーチクの「学校」の連中に、さんざん攻撃されそれでも真実を語ることをやめない。

真剣に語れば、「日本人は家畜にされている!」と叫ぶのだろう。その本意になぜ気づかない。


そんな日本人が他にいるか。太田氏は、まだ螺旋の階段を厳しく上られているではないか。そんな誇りとすべき日本人が他にいるならば、名前を言ってみよ!


太田龍は、まだまだ日本人に理解されてはいない。もっともっと舞台に上がってもらわねばならぬ。どんな舞台であれ、氏は世界を語り宇宙を語られるだろう。


昔の氏の普段の暮らしぶりを、近い人たちから聞いてきた私は、祖父から聞いた大正・昭和の時代の活動家の姿を、氏に重ねていた。

ある人が「紹介するから会いに行くか」と言ってくれた事もあった。それは30年以上も前の会話だ。少なくとも30年以上、いやもっと前から、太田龍氏は変わらず、さらに高まり、弧高をものともせず、研究を続けられてきたのである。


この日本人に学ぶことなしに、世界中に張り巡らされた魔の網から日本人よ!出ることが出来るのか!


こんな日本人はもういないのだ!目覚めることを目標とする意のある日本人は、一読二読三読して、大きな真理へと進むべきだ。
ニックネーム 龍 at 12:44| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

私たちの「流儀」


若い活動家にはさまざまな奴らからの「誘い」があった。


先の中核派がそうだし、部落解放同盟の中にも「セクト」的な動きがあったし、活動以外のところからもあった。活動以外のところといえば、単純に「手下」に使いたい人間もいたのだ。


「一緒に仕事」はまだいい方で、「組の事務所に遊びに来い」もあったし、何らかの目的で来てた人間もいた。

〇さんたちにすれば、中核派は「根性なし」であり、それらは説明を聞かなくともわかっていた。「根性なし」は他にもいて、マイクや演説は立派でも、いつも人の後ろに立つ奴などはそうである。



おばちゃんたちの後ろで演説する奴らは、たいてい前には出てこない。私たちは集会などでも「品定め」はしていた。どいつが信用できるか、である。


〇さんは違った。前で機動隊にケリをいれていた。先輩から怒られていた。「〇さん、危ないがな」と私たちも注意した。理屈やない、体は反応するものだ。〇さんは正直だ。


「批判は誰もがやる」、レーニンの「何をなすべきか」の「批判の自由」は認めてやる。が、「口だけの根性なし」は駄目だ。


「根性なし」は、いつか大衆を裏切る。ヤクザに脅されて、ケツを割る。それは事実として後で知る。「〇〇よ、考えよ。あいつら、ほんまにワレらのこと思っててるかどうか」、身内の兄ちゃんに、親しいヤクザのおっちゃんに、私は聞いていた。


それもそうだ。デモに背広姿で来て何をしようというんじゃ、後ろで声だして、「こら〜!ワレ」と腹の中でシバイテた。私たちは馬鹿ではなかった。


理屈もいる。しかし、真剣さはもっといる。賢いのは結構、しかし、先が見えると人間はケツを割るのも早い。旗を振るばかりでは、誰が耕すんだ。耕すん者が一番大事た。どんな組織であれ、だ。


私は土に向かうシンドさを思う。覚悟する。だから私は、本当に先祖は偉いと思う。その芯が最後にものを言うのだと、私は思っている。
ニックネーム 龍 at 11:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年07月27日

映画 「酔いどれ天使」


昭和23の作品は、エリートコースから外れた酒好きな町医者と若いヤクザが出会うところから始まる。


若い売り出し中のヤクザが「結核」を患い、怒りっぽい町医者が助けようとするが、二人は喧嘩ばかりしていて中々噛み合わず、とうとう血を吐いたヤクザは町医者の家にかくまわれる。


ヤクザの兄貴分が刑務所から出てきて、町医者の補助の仕事をしている女性がこの男の元女で、町医者は若いヤクザとこの女性を守ろうとする。


病気になった売り出し中の若いヤクザは、縄張りと女まで出所してきた兄貴分にとられ、町医者のいうことも聞かずに兄貴分を狙い、返り撃ちにあって殺されてしまう。


昭和23年当時、戦争から帰った兵士の内でヤクザになった人はたくさんいた。町は闇市があり、その闇市を縄張りとしてヤクザ組織が暗躍した。


同じ題材を使った映画は数多く作られたが、やはり黒澤監督の視点は違う。


町に「ドブ池」がある。「ドブ池」にしてしまったのは、何でも捨ててしまう人間だ。生ゴミ、人形、油、さまざまなものを「ドブ池」は抱え込んでいる。

それは正に、監督から見た当時の町の人間が作り出した姿だ。「ドブ池」はたえず、ブクブクと泡を出している。いろんなものが放り込まれて、元の姿ではなくなっている。



最後のシーンで二人の女性と町医者は「ドブ池」の所で話す。

一人は若いヤクザの病気を思って、一緒に田舎暮らしをしようと話した女だ。女はヤクザの親分が引き取らない男の遺骨を持って、自分は都会暮らしに見切りをつけて田舎に帰ろうとしている。


一人は、自ら結核を患っていたが回復してきた女学生だ。この女学生がこう言う。「先生、理性があれば結核なんて治りますよね」。酔いどれ天使はこう応える。


「結核だけじゃないよ。人間にとっての薬は犠牲なんだ」。


映画は最後に闇市を歩く町医者と女学生を映し出す。そして、大勢の人の中に二人は消えていき、映画は終わる。


あの時代に結核は恐ろしい病気だった。復員した兵士がヤクザになっていくのも、ある種「病気」だとも言える。さらに、黒澤監督が言いたい第三の病気は、闇市を撮すことで描かれている。それは、町医者が最後に言った「犠牲」だ。


いつになったら人間は、「犠牲」なしに目が醒めるんだ。「理性だけじゃないよ。犠牲も必要だよ」と、町医者は言っていたようだ。

映画の賛否はあろう。誰かが、何処かで言っているだろう。町続きを読む
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2007年07月26日

休憩


「誤解を与えるような表現は考えた方がいいよ」と、私のブログの内容について心配してくれる人がいる。私は、もう、人の判断まで考えて先回りして話すことに正直疲れる。


被差別部落について、解放運動について、以前は時間をかけて散々話してきた。話す度に、先回りすることが身についてしまっていた。その意味は、「こう思われてはいないか」とか、「理解されているか」とかのこちら側のある種の「強迫観念」があるからだ。


確かにデリケートだ。しかし、私は、今や親父たちやお祖父さんたちのように、理解出来ない人がいて当たり前、しかし、それで自分がへりくだったり変わったりしてどうする、と思っている。


被差別部落の現実を知らない、見ようともしない人たちに、何故こちらから何時までも、「話す」ことが必要なのか、と組織を離れて思うようになった。


私は、私たちが使ってきた言葉を悪い言葉だとは思わない。確かに悪い言葉はあるが、それは普通にあるわけで、特別に被差別部落に特有なわけなどない。


私は、飛弾の古い言葉が、「関西弁」に多く残っていることに気づいた。また、書きたいと思う。


人が話す時に、前もって論理を組み立ててばかりいては、本当に人間味を失うことにつながる。作文を書いてばかりで人の心に迫れるのか、そんなことを思う。本当に不自由だ。だから、外伝は私を書きたいと思う。


こんな親父が、霊的なことを語る、つまり、見せたいのだろう。自分を。タブーなんて打ち壊したいのだ。


生々しい人間が、あれもこれもに悩まされる人間が、それでも進むということ。親父たちやお祖父さんの世代のように、体験の数だけ学ぶということ、失敗は素晴らしいということ、そんな諸々を書きたいのだ。


悪かった体験なんてないんだと、本当に悪い自分なんてないんだと、そう親父なりに書きたいのだ。全部の体験を自分で引き受ければ、一区切りつけてまた進むんだと、書きたいのだ。


ありがとうございます。
ニックネーム 龍 at 23:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

出会い


誰かが私の文章を、大田龍氏のHPの「論壇」に張り付けたようだ。少し驚いたが、悪意はないだろうから、まあいいか。



私たち未熟な「活動家」の所に、ある日、少しだけ年上のバリバリの活動家が現れた。〇さんは東京から来た。

70年代初頭から組織拡大を続けていた私たちの地域に、即戦力となるべき指導者が必要だと、上の方の判断だった。


〇さんは真面目に挨拶された。それを冷やかした奴がいて、標準語で話されていた真面目な人が怒りだした。包丁を持ち出して、「お前許さんぞ」と冷やかした奴をおいかけた。


私たちには正直なところ、話の内容よりは、その怒り方が気にいった。真剣になっていれば人間は怒るものだ。ある日、その人のアパートに一人ででかけた。


本がたくさんあり、一冊だけ漫画があった。表紙のとれた白い所に、「このマルクスが本当ならば竜(ドラゴン)は正しい」と書いてあった。漫画はマルクスの自伝の体裁であり、私はパラパラと見ただけだったが、その大層な文面に気が行った。


「誰の字や?〇さんか?」と尋ねると、「あ〜それな、友達が書きよったんや」。〇さんは九州の人だった。


その「竜(ドラゴン)」が大田龍氏を指していたことは、ずっと後で知った。〇さんや、上の人間は、かつて学生運動を経験してきた人たちに、青年の指導役をさせることに神経を使っていた。その理由は今なら理解する。


しかし、私たちは現実に、包丁を持って追い掛けた〇さんに好意を抱いた。本心はそうした行為から見極められる。〇さんとて、必要以上にこびることなんて嫌だったのだ。


先輩から「地域に若い迫力ある連中がいるから、一度遊びがてらに来いよ」と、軽い気持ちであったらしい。それが真剣に話をしたら、「お前」と言われたのだから、怒って当たり前だった。悪いのはこちらだ。


その一件があって〇さんは迎え入れられた。最初は「嫌だ」とゴネタらしいが、アパートを借りて生活を始めた。本棚には「辺境最深部へ向かって退却せよ」かの難しい本ばかりあり、「読むか?」と言われても読めるはずはない。


しかし、マルクスをも批判する大田龍とは何や、と心に焼き付いていた。「広範な社会運動の一翼を担う」というのが、部落解放同盟の「綱領」の一つであったから、刺激にならないわけはなかった。しかし、〇さんは語らないし、人間には何かは常にあるわけであり、私たちは仁義として触れなくなっていた。


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推薦の辞(抜粋)


『裏切られた三人の天皇』―明治維新の謎(増補版)―平成十一年二月二十六日 発行
著書 鹿島 のぼる


P1〜P3 西垣内 堅佑さんによる「推薦の辞」から抜粋


1996年の夏、私は北朝鮮に行ってきた。


湿気が少ないせいか、まだ暑いとはいえしのぎ易い日々であった。なにかと物騒な時節ではあったが、ピョンヤンは東欧の都市に似て落ち着いた静かなたたずまいを見せ、久しぶりに仕事から解放されたためか、私は死んだように熟睡してしばしの休養を得た。


古い遺跡が見たいという私の希望によっていくつかの遺跡を見ることができ、その一つとして壇君古墳を見学した。そこには新しく造営されたピラミッドのような四角錐型の建築物の中に壇君夫婦とされる遺体が棺の中におさめてあった。


金日成主席が亡くなる直前までにその建設にエネルギーを注いだという割には、見学者は私一人という淋しい状態であったが、それでも私は熱心に案内人の説明に耳を傾けた。


古くから壇君陵といわれていた古墳から男女の遺体が発見され、調査したところ数千年前にさかのぼるという。しかし私の興味をひいたものはそうした公式の説明ではなく、この古墳が存在する山が「蛇山」と呼ばれているというくだりであった。


実際、古墳の建造物の建設の時にも大きな蛇がウヨウヨしていたというが、それはこの山の蛇を大切にして殺さなかったということであろうか。


そしてもう一つ、この古墳の横には蛇を何体も描いた石碑がたっていた。この石碑は金日成の父親と共に反日闘争を戦った人たちが建てたものといい、そのためか工事中もこの石碑はとりこわされずに残されたらしい。



ところで漢の倭奴国王の印は蛇印であったがこのことと何か関わりがあるのかと私は考え、さらに本書の著者が説く蒙古族が古代の北倭として古墳時代の日本に渡来したとする「北倭論」を思い出したのである。


この壇君古墳については韓国側の反応はまちまちで、壇君教の指導者は早速参詣し、ある学者は壇君陵は中国にあったと主張しているが、著者ならば壇君古墳の真偽もその蛇神との関わりも「北倭論」を入れることによって明快に説明してくれると考えたのである。


いまだこの話を著者にしていないが、そんな時私は僥幸にも本書を読む機会を与えられた。……………


※ デーウ゛ィド・アイク説を考慮して、この「蛇山」の検討が必要だと直観する。
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コンサート


狭山裁判の判決が出て、若い子らがやはり力が抜けたような頃、リーダーだった責任も感じていたし、コンサートをやろうと呼びかけた。


口込みで伝わり、予想以上の人数が集まってしまい、会場前で車を急ターンする走り屋まで集まっていた。


狭山差別裁判糾弾闘争の集会に、実は在日の子らが参加したいと言ってくれた。しかし、組織でやってるからと断った。


だから、コンサートには誰でも参加出来ると口コミで広めた。大人たちは驚いていて、近隣の方からも集まっていたようだった。


やはり、やるせない感じは誰にもあった。おばちゃんたちも来てくれたし、後でヤクザの兄ちゃんが「ようけ集めたな」と言ってくれたりもした。


みんな口では「負けた」とは言わなかったが、コンサートへの反応でそれを知ることになった。矢沢永吉が九州の「やはた」で同じ日にコンサートをしていたらしい。一人間違って来た子がいて、知り合いの駅前のタクシーの運転手をしていたおっちゃんが知らせてくれた。「ここはやわた。あっちはヤハタ」と説明したら、爆笑になった。


あれだけの若い子が集まったのは、その後一度もなかった。一つの闘争が地域に与えたものは、大変に大きなものだった。知らない所で、誰かが必死になって、石川さんの無実を訴えていたのだ。



コンサートは大成功だった。ありがたかった。
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狭山差別裁判糾弾闘争


あの頃の部落解放運動は、狭山差別裁判糾弾闘争を闘っており、東京高裁の結審がされ、いよいよ高裁判決が出されようかという頃であり、十万人集会が成功し、その集会にはさまざまなセクトも参加しに来ていた頃でもあった。



機動隊の「一番強い」とされた隊がデモ隊の規制に出てきており、解放同盟としては最大規模の動員をかけていた。


実に「デモ行き」の呼び掛けはさまざまになされ、「ゴンタ」とわかる若い兄ちゃんたちも東京に集まって来た。おばちゃんたちが必死であり、日頃は解放運動に批判的な若い兄ちゃんたちも、熱気を帯た力に反応した。


私たちには一目で分かった。「みんな真剣や」と。バスから降りて来る顔、道から歩いて来る顔、みんな「仕事師のような顔」をしていた。親父たちが真剣な顔をして朝の現場に集まる時の、まるで戦場にでも向かうような、それよりもっとピリピリとした、触れば切れるような緊張感が日比谷公園を包んでいた。


だから私たちは、中核派など相手にはしてはいなかった。ある意味それは、喧嘩だった。喧嘩の流儀からして、一人がハヤって機動隊の中に入ったら、全員が周りを囲んでめいめいが「しばかなければ」ならない。


誰とも相談はしていない。しかし、差別され、喧嘩してきた部落の兄弟は、まさに「あ・うん」の呼吸で動いた。大阪の兄ちゃんは、火事場の何とかで、片腕一本だけで相手を宙に浮かせていた。


機動隊が「ビビって」いたのが分かった。圧倒的な威圧があり、三人となって囲まれた機動隊員を「辞めとけ」と、反対に助けた。


流れは止まらなかった。


何人かパクられた。「わし、捕まったら、早い目に迎えに来てや」そう言った奴がいたし、「泊まりになるかもわからへん」と家の者に言って来た奴もいた。腹をくくっていたわけだ。


「行って来い」とは言わなかったが、「あほ、つかまらんように動かんかい」と、東京行きのバスの中で笑っていた。みんな、腹が刺すような緊張感を抱えていた。「飯は食うとかんなあかんぞ」と、暗に決意を固め合っていた。


そんな被差別部落のきょうだいが集まったのだ。中核派がジグザグデモをしようものなら「邪魔なるわい!」と、俺らの前をさえぎるなと、前をみとかな闘えんと、走れもせんと、独特の喧嘩の流儀が存在していた。


ポールを縮めた若い兄ちゃんに、「こら、旗を立てとかんかい」と注意する年配者も、心は一つに私には見えた。それは人を続きを読む
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2007年07月25日

「刑事か?」


そんな親父が、ある日突然に家にやって来た「中核派」の活動家に、物凄い顔をしてニラミつけた事があった。


「〇〇君はいますか?」と聞いて、その幹部らしい男は家の玄関に来た。「〇〇君」など私の知り合いで言う奴はいない。親父は何かを感じ、私をいつもの調子で呼んだ。


話を聞くと、ある活動家が組織の女性に何かをして、姿をくらましたという。そいつの残したノートに、私の名前があり、幹部らしいその男が探しに来たということだった。


「知らんなぁ」と、私は親父に聞こえるように答えた。本当に知らなかったし、「中核派」は虫が好かなかった。何か言いやがったら、その場で殴ってやろうと思っていた。


その男はしばらくしてから帰って行った。振り返ると親父が其処に居た。事情を説明した。「あいつらに俺らの名簿が漏れてたらしいわ」。


十五、六で京都の田舎から大阪のミナミや天王寺に、仲間と一緒に、「ゴンタ」をしに来た親父は、その男の雰囲気から「刑事」と勘違いしたようだ。


「俺ら、中核とは喧嘩してんねんで」「あんな理屈、俺らすかんわ」、事実だった。親父を納得させるには、親父の勘に合う説明でなければいけない。


母方の祖父から聞いていた昔の「労農党」の、大阪のクルスさん等の活動と、故郷のおっちゃんらの波長は、腹の座りを感じさせたが、ヘルメットにマスクにサングラスは、それが必要だとは分かるが、私たちには異質だった。


ギザギザのデモよりも、ポール一本を手にした方が、身軽でやりかすく感じていたし、「やるならやる」とはっきりせえ!といつも感じていた。


私たちは事実、その頃には、殺気立っていたし、それなりの覚悟をして活動していた。「変えてやる」と、真剣に思ってはいた。


親父なりに、そんな息子の感じを心配してくれていただろう。ある集会にもめずらしく顔を出してもいた。


後年、親父と一緒に昔の天王寺界隈で「ゴンタ」してたおっちゃんに、親父の「ゴンタ」振りを知らされた。私は理解できた。


「刑事か?」と思った親父は、それでも私の活動に対して意見はしなかった。息子はそれなりに真剣だったからだ。ありがたいと振り返れる。


お祖父さん、私と、我が身内には二人の活動家がいた。お祖父さんの身内への影響は大きかった。お祖父さんの義理の弟が地域のリーダーであったことも大きい。


私は身内で只一人、お祖父さんの出自を本人から聞いている。その話は続きを読む
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夏のバイト


「親父、夏の内に北海道に行きたいんや。アルバイトさせてくれへんか」


大学にはロクに通わず、地域や社会運動ばかりにウツツをぬかす息子のその頼みに、親父はニヤッとした。


叔父さんが社長で、親父が現場監督。兄ちゃんたちが役員の身内の建設会社だが、私に甘えはなかった。甘えたらエライ目に会うのは、子供時代から身に付いている。


地域には建設会社が数社あり、元をただせば親戚縁者ではあるが、こと仕事となると鬼のようになれるおっちゃんばかりだった。十万稼ぐバイトが、そんなにあるわけではなく、鬼の中に身を置く覚悟をした。


人一倍汗かきの私は、汗の量でまずやられた。天然ガスの主管を入れる穴掘り作業は、粘土層との闘いで、重機で埋める鉄の波板にこびりついた粘土をスコップではぎ採る。


体感温度は体温を超え、水を飲んでばかりいると「こら〜体がもたへんぞ」と怒られた。事実その通りで、激しいエネルギー交換は、激しい体力の消耗を招く。腰がフラフラになるが、手を抜けば鬼が怒る。


親戚の別の建設会社のおっちゃんが見に来る。ニャとこちらも普段とは違う。このおっちゃんたちの会社は、知る人が曰く、仕事師の〇〇組で、十日の仕事を半分の日数でやることで有名で、〇〇兄弟と呼ばれていた。


何時も仕事を教えてくれたのが〇田さんで、おっちゃんは在日の人で、親戚を何人か会社に世話されてもいて、親父の友達だった。「鬼が文句言いよるさかい、早よやろか」と、現場を常に明るくしてくれた。


方や現場監督は、現場でも会社でも家でも口下手で、すぐにキレ、このおっちゃんはそれを長年の付き合いでよくわかっていて、こういうふうにあえて言ってくださった。


つまり、内の親父がなんぼ仕事にかけては立派でも、〇田のおっちゃんのフォーローがなければ現場は喧嘩ばかりであったろう。「コラ〜」と親父が怒れば、「やかましいわい鬼軍曹」とやり、「〇ちゃん、鬼は涼しいとこで仕事してるわ」と親父が言えば、「ほんまや、この鬼はまだ仕事しよるからましやな」と現場は笑いに包まれた。


プレハブの仕事師の休憩場所で、ホルモンを煮たのを食べ、ビールを飲み、上品な〇〇のおばちゃんが応援に来てくれて準備をしてくれた。


このおばちゃんは本当に金持ちで、何でガサツな親父と友達か分からなかったが、大人同士の心意気の中に居ると、私まで心地良かった。「この肉、犬やないやろな?」と誰かが茶化すと、続きを読む
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精鋭の御魂


いわゆる霊能力者は、「まかせきった」立場を堅持するあまり、おおよそ、現状認識において学ぶという姿勢に欠ける。


確かに、どんな形態にせよ、瞑想などには、こうした「まかせきった」意識状態が有効なために、日常的な意識もここから作り出されると信じている。


しかし、光(情報)は開示されたのである。「開示された」とは、私の霊的な捉え方ではあるが、情報をさらに霊性へと活用せねばならず、私などはそう考えてブログを始めた。


霊性を信じない方がおられようと、その方々が世界統一政府の策動を訴えられているということは、反面においては、これまでの霊能力者に欠けていた面を、その方々がおぎなわれているのだと私には思える。


彼らが霊性に対して批判するならば、やはり、それは自らの課題として受けねばならない。さまざまな人がいるから、私たちは螺旋へとたどり着こうとするのだ。さまざまな人がいるから、「問題」が明らかにされる。そう、「問題」は課題に違いない。


昨日の太田龍氏のHPを読んだ。そして、その前の記事も読んだ。

www.pavc.ne.jp/~ryu

私は「大阪で起こされるなら、世界陸上があるから……」と思った。意識を持つということの意味は、今さら書く必要はないだろう。

29日は27日でも可能だ。騒ぐことなく、平常心にて、やはり私も迫っているものを感じてきたから、意識を向けて行こうと思う。


最後に、私は高次元を信頼している。しかし、気づきがある以上、自分が成すべきことがあると思う。成さないで後悔などしたくはない。
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2007年07月24日

明治維新を密かに支えた忍び 長州忍者・伊藤博文を読む


上記は、『メッタ斬り!歴史異聞録』(ぶんか社)の九話ある中の「弐話」として描かれた漫画である。


今このような「コミック漫画」がコンビニで発売されている。作画は瀬芹つくねさんとなっている。


そして、このコミック漫画の中で、伊藤博文が忍者として孝明天皇を殺害する場面が描かれている。


私は瀬芹つくねさんに拍手を贈りたい。この『メッタ斬り!歴史異聞録』が、全体として充分な歴史の捉え方がなされているかは検討されなければならないが、かつて「大歴史家」が、エリート学会の諸氏が、孝明天皇弑逆に対し何も語らないことを思えば、この漫画の作者は明らかに優秀である。


そして、若い人がこのような歴史を知り、そこから研鑽を重ねたならば、「あ〜だ、こ〜だの煮えきらない」学者よりは、はるかに明晰な歴史家が現れるだろうと予測する。


かつても大人たちは、手塚治氏を攻撃し漫画は低俗だと断じたが、断じられるべきは内容のない高価な、孝明天皇弑逆について何も書かないそれらの歴史書ではないか。


どちらが真実に迫っているか、「タブー」に惑わない若い作家の今後に大いに期待するべきではないか。

確かに一部の漫画には、「右翼」ともいえない「国家主義」的な傾向は否定できない。しかし、孝明天皇弑逆に対して「タブー」を感じない若い力は必要ではないだろうか。


大いにこれからの奮闘に期待したいと思う。
ニックネーム 龍 at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

休憩


〇 熊の字のボヤキ

「じゃまするで」

「じゃまするなら帰れ」


「こら〜龍の字、またわしを怒らすのんか」

「そやから、何やしらんが怒っとるなと分かったから帰れ言うたんや」


「あほ、帰れるかい!わしゃ今日はお前にボヤいたろう思て来たんじゃ」


「ほなら、早よ言え。わしゃこれでも忙しいんじゃ」


「あ〜言うたるわい」

「………」


「台風も地震も、あらぁ秘密兵器でやった言うやないか」


「うん、その可能性がある。いや、そうやろう」


「ほな、何で、神さんや天使らは何もしてくれへんねん!そうやないか?何もせんと、地球を心配せいとか、悪い奴らがどうとか、肝心な時には何もしてくれへんやないか!」


「で、怒っとるのんか?」


「おぅ、怒ったら悪いんかい!よぉ〜ワレ」

「偉い剣幕やな今日は」


「当たり前じゃ!俺はそうやさかい神さんは信用ならんのや」


「ほなら、信用すな」

「何やと?」


「信じんでもええやないか」


「また問答か?」


「いや、本心から言うとる。信じんでもええ、無理に信じたらロクな事がない」


「……?」


「地震におうた人がお前のように言うてるか?言うてるから神さんはきっと聞いてはる」

「何じゃい、問答やないけ」


「信じんでもええ、そんなチョロコイ信心みたいなん、かえって邪魔や」


「邪魔とは何じゃい」

「いや、これは本音や。脅しでも何でもない。やめてまえ。神さんなんて信じんのは」


「何も、そんなキツウ言わんでも……」


「あほ!地球は陸つづき、何処かが揺れたら何処かが治まる。メグリは誰かが背負ったら誰かが助かっとるんや!ええか!そうしてわしらは生きる事が出来てる。」


「………」


「地球は一つ、この陸地の上で生きられてる。文句を思いつく暇があるんなら、ほんまに分かるまで必死になれ。必死になって、頭を下げてみんかい」


「…」


「わしかて頭にくるわい!あのガキらとなるわい!けど、わしは信じる。わしは信じて行く。チョロコイことなんぼあっても、最後まで行くつもりや」


「龍の字……分かったわい……」


「分かったら謝れ、分かったら文句言うな。分かったら、静かになれ。悲しんでる人がいるやないか……」
ニックネーム 龍 at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

休憩


日の霊人とは、サティアやラーなどの人をいうのだと思います。


月の霊人とは、わたしたちやアヌンナキやリラ人たち、また四次元にとどまっている霊人をいうのだと思います。


二つの世界の中間にある四次元霊界が、その本来の用(はたらき)を成さなくなったために、私たち地上人は孤独を抱えてしまいました。


ひふみ神示には解説はありません。天明先生は「ひかり教会」の中では解説をされましたが、世の中に神示を出される際には解説をつけられませんでした。

天明先生が提言された「新しい霊界の創造」は、今や日の霊人からの協力を得ながら実行される秋(とき)となっています。


「日」「月」「地」が大きな大円通と成って、地球は成り鳴って、浄化の時を迎えているのです。
ニックネーム 龍 at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

その二


神が意志するということは、神が行為することである。そして、さらに神の行為は、弥栄であり、大歓喜である。


神の歓喜をそのまま受け入れる霊人とは、常に対応し、地上人として地上に生命し、また霊人として霊界に生命する。


神の歓喜を内的に受け入れる霊人の群は無数にあり、これを日の霊人と云う。


神の歓喜を外的に受け入れる霊人の群も無数にあり、これを月の霊人と云う。


月の霊人の喜びが、地上人として地上に生まれてくる場合が多い。日の霊人は、神の歓喜をその生命に吸い取るが故に、そのままにして神に抱かれ、神にとけ入り、直接、地上人として生まれ出ることは、極めてまれである。



月の霊人は、神の歓喜をその智の中に受け入れる。故に、神に接し得るのであるが、全面的には解け入らない。地上人は、この月の霊人の性をそのまま受けついでいる場合が多い。


日の霊人は、神の歓喜を、そのまま自分の歓喜とするが故に、何等それについて疑いをもたない。


月の霊人は、神の歓喜を歓喜として感じ、歓喜として受け入れるが故に、これを味わわんとし、批判的となる。ために二義的の歓喜となる。


故に、日の霊人と月の霊人とは、同一線上には住み得ない。おのずから、別の世界を創り出すが故に、原則としては、互いに交通し得ないのである。


この二つの世界の中間に、その融和、円通をはかる霊人と、その世界が存在する。これによって、二つの世界、二つの生命集団が円通し、常に弥栄するのである。


地上人と霊人との間も同様、直接、全面的な交流はあり得ない。それは、別の世界に住んでいるためであって、その中間の半物、半霊の世界と、霊人がいて、常にその円通をはかっている。


以上の如くであるから、日と月、愛と信、善と美も、本質的なものではなく、二義的なものである。


ひふみ神示 第十七巻
昭和二十年九月十日から昭和二十年十月三十日の神示の内の、第一帖
ニックネーム 龍 at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

第一帖


われわれの一切は生まれつつある。神も、宇宙も、森羅万象の悉くが、常に生まれつつある。


太陽は太陽として、太陰は太陰として、絶えず生まれつづけている。一定不変の神もなければ、宇宙もない。常に弥栄えつつ、限りなく生まれに生まれゆく。


過去もなければ、現在もなく、未来もない。只存在するものが生まれに生まれつつある。生もなければ死もない。善も思わず真も考えず美も思わない。


只自分自身のみの行為はない。只生まれゆき栄ゆくのみである。



善を思い悪を思うのは、死をつくり生をつくり出すことである。故に地上人が自分自身でなすことは、総て永遠の生命なく、弥栄はあり得ない。何故ならば、地上人は、地上人的善を思い、悪を思い、真を思い、偽を思うからである。


思うことは行為することである。生前、生後、死後は一連の存在であって、そこには存在以外の何ものもないのである。


存在は生命であり、生まれつつあるもの、そのものである。何ものも、それ自らは存在しない。弥栄しない、必ず、その前なるものによって呼吸し、脈うち、生命し、存在し、弥栄する。また、総てのものの本体は、無なるが故に永遠に存在する。



地上人は、生前に生き、生前に向かって進みゆく。また、地上人は、地上に生き、地上に向かって進みゆく。また、地上人は、死後に生き、死後に向かって進みゆく。しかし、その総ては神の中での存在であるから、それ自体のものはない。善でもなく、悪でもなく、只生まれつつあるのみ。



霊人に空間はない。それは、その内にある情動によって定まるが故である。


また、その理によって一定せる方位もない。また時間もなく只情動の変化があるのみである。


地上人は、肉体を衣とするが故に、宇宙の総てを創られたものの如く考えるが、創造されたものではない。創造されたものならば、永遠性はあり得ない。


宇宙は、神の中に生み出され、神と共に生長し、更に常に神と共に永遠に生まれつつある。


その用は愛と現れ、真と見ゆるも、愛と云うものはなく、また、真なるものも存在しない。只大歓喜のみが脈うち、呼吸し、生長し、存在に存在しつつ弥栄するのである。


存在は千変万化する形に於て、絶えず弥栄する。それは(〇にゝの記号)であり、(渦の記号)なるが故である。


(〇にゝの記号)は大歓喜の本体であり、(渦の記号)はその用である。


それは、善でもなく悪でもない。続きを読む
ニックネーム 龍 at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年07月22日

アヌの告白


『プレアデス銀河の夜明け』には、アヌの告白が書かれています。アヌは地球を素晴らしいと感じ、人間の創造性にも感じ入っていた様子です。


日本では西洋装飾文化は本流には長い間なり得ませんでしたが、木からさまざまに加工を施して、まるで木に命を吹き込むかのような文化を築きました。


人間のこうした創造性を見た彼等は、実は人間に嫉妬しある意味では「恐怖」を感じてもきたようです。彼等とて人間に学んだことは間違いないでしょう。

いつも彼等が隠れてきたのは、彼等が人間の霊性に混乱を与えてきたのは、命の流れを歪めるためでした。


言い換えれば彼等は、人間が霊性に目覚めることに恐怖を感じたのです。その恐怖とは、宇宙を放浪した者の恐怖であり、支配側からの転落への恐怖だったでしょう。


「古代人は霊性の開いた人たちだった」、そう言えば、「穴ぐらに住むような人間が霊性だとは」と、言う人がいますが、霊性と「文化レベル」などを混同するから分からないのでしょう。


彼等は私たちより、人間の持つ霊性に気づいていて、それを封印するために、子供騙しの「文化レベル」という「おもちゃ」を与えたに他なりません。


この国はいま選挙です。支配側から落ちることを恐怖し、少数野党に恐怖し、人々が自分たちに振り向かないことに恐怖する政治家がマイクを持って町を走り去って行きます。


この世界にまん延させられた恐怖は、その産みの親たちの波長に違いありません。


「天照大神を表に出す」と、だいそれたブログのテーマだと思われた方もあるでしょうが、命を元の流れにあずけたならば、私たちの「天照大神」が霊性の課題として蘇ることは、もはや必然の流れでしょう。


「古代人は霊性の開いた人たちだった」、それを引き継ぐ意味ではあります。
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邪鬼と金毛九尾


これは私の解釈です。

リラ人たる邪鬼は、戦いを好みます。男性的で、策略、根回しにたけていて、集団的憑依を得意とするかのようです。覚醒者を惑わすことも好きで、挑戦的な行動を仕掛けます。「英雄」肌も好きなようで、わりと「型」にこだわるようなところが見受けられます。


「天狗的」であり、「問答好き」でもあり、「狸・狐」を「演じる」こともやります。



金毛九尾の「金毛」は、分かりやすく「金髪」を指していて、「外国御魂」であることが分かります。「九尾」はその「変身」能力のことを表されていると思われます。「オミナにつけてある」とひふみ神示にあるのは、女性的な「かどわかし」「権力者への接近・憑依」を示されてあるのだと思います。


リラ人が戦いになると「直線的」なのに比べ、アヌンナキはゲームを多様にして「追求」するようです。それらは、彼らに憑依を受けてきた人間の「特性」としても見られます。
ニックネーム 龍 at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年07月21日

休憩


〇龍の字のボヤキ


その「縁」なる御魂は何処にある


「神様」「龍神様」「大神」と しまいに我をも「神様」と 申すところに居てござる


芝居好きかなこの「御魂」 人を指図し指図され 己れの舞台に酔いしれて いづれや誰が主役やら わからぬままに舞い踊り ほんに巫女やらサニワやら わからぬままに消え失せる 出雲踊りはまだ続く


(ほんま、相手するんは疲れます……)



いやいや私は自由の身 アンタばかりが主やない 仏の顔にもなりまする 「神様」ぱかりじゃおもろない


この吾と遊んでこの国の 人もあの世の方までも 取り囲んで数万年 仏の顔は三度まで されど吾が顔見たならば 三度といわず五度までも その魂その身に焼き付けて ご一緒せんと願かける


わが魂わが身のわけ魂は いづれの社や仏閣に 置かれて置かして数百年 今じゃこの世の大神と 生ける仏の指導者と 腹の中でクシャミする ほんに人とはありがたい


(お粗末)
ニックネーム 龍 at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

休憩


誰も歩かないような道を歩いて来ると、気楽で自由な感じもするが、頂のまだ見えない景色に、やはり人並みに考えてしまう。


少しずつ人は違って当たり前で、同じようになってはつまらない訳で、だと言って、人に向けて情報を発信しようということは、やはり輪を求めてはいる訳で、輪はやはり小さくては駄目だと思うようになっていく。


大きな、包みこめるような輪でないと、闇をしっかり包みこんでしまわないと、自分などは小さく見えてしまい、想いと現実の間に立つようなことになってしまう。


想いも現実もあれもこれも、この矛盾を抱えてばかりの内に、もっともっと拡げよと、もっともっと大きくなれと、手放しては戻る監禁された想念が、何かを連れて戻ってきては、そう笑いかけている。


険しくなる山道ながら、今だ小さき私ながら、拡げて行けよといい聞かす。


「見えているのになぁ、彼処なんだがなぁ」、そう呟いて私も、しばらく休憩を取ることに致します。


いつも陰ながらのご高覧に感謝申し上げます。ありがとうございます。
ニックネーム 龍 at 10:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年07月20日

ひふみ神示 「二白んの巻」 私解説明文


ひふみ神示「じしんの巻」は、第十七巻となっている。前の十六巻は、「アレの巻」と云い、天明先生の存命中には完全な解訳がされ得なかったようである。この「アレの巻」は、天明婦人が解訳された。


「じしんの巻」は、本文は、いつもの神示のような記号、漢数字などによって書記されたものではなく、まったく文体にはなっていない。私が婦人から送っていただいた二分冊からなるひふみ神示には、天明先生の書が写真掲載されているが、ある書は「線を書いたもの」、ある書は「絵のようなもの」になっている。


これを一応は説明しなくてはならないだろうが、私は説明は不要だと考える。何故なら、書記された天明先生がそう感じられたからである。


私なりに云えば、説明を要するような人は、「じしんの巻」が理解されないだろうと、勝手ながら、失礼ながら、思う訳である。


霊界からの気づきというものは、私たちがさまざまに体験しさまざまに考慮をした後に、はじめてもたらされるものである。私たちは仮に何十冊かの本を読み、何年も費やして思考し、内面の記憶庫を満たした後に、必要なこの世的知識があって初めて、それらが、一瞬につながることを経験すれば、その素晴らしさが理解される。


気づきを受ける私に、何もなければ、霊界からの気づきを受ける場がなければ、それらは起こりようがない。


「じしんの巻」を天明先生の「創作」と言われる人があるが、正しくは共作である。天明先生の内面になければ、いかに霊存在が優秀であっても、共感・共振は起こらない。


内に無いものが外に出せるはずはない。このようなことは、霊的作用を感知する人には常識であるが、日々の交信を知らず解らない人には、解説のしようもないのではある。


「いよいよ天明、ミミに聞かす時ぞ」とあるように、天明先生でさえ段階を得て、こうした形の書記を成されたのである。



私から申し上げれば、守護存在には何でも伝わっているのである。守護存在は私が何を想い、何に刺激を受け、それらをどう判断しているか、手に取るようにわかって居られる。

貴方の場合も同様であって、貴方に必要であれば直ちに示しがあるわけだ。


天明先生とて段階的に守護存在が代わられ、ついに、こうした書記が可能となり、書記を介在しない直接的な交信が可能となったと考える。


「じしんの巻」を貴方がどう読もうと自由である。出来れば、何度も何度も、読んではいただきたい続きを読む
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久しぶりに 創作話


「いつも龍の字のいう「あ」の御魂の動きっていうのは、まだ動いとらんのか?」


「何や?改まって、おかしなことを聞いてきよる……」


「聞いたらあかんか?」


「いや、聞いてもかまへん……」


「何や?また、難しい話か?わし、難しいのは好かんわ」


「あほ!そんなん違うわい。人はな、お前みたいに、先、先と話を聞きたがるが、必要なところばかりを選んでさも自分の解った理屈のように、あ〜や、こ〜や、言うのが嫌なんじゃ」


「嫌ならええわい!わしも、この頭で考えるわい!なんじゃ、偉そうに!」



「すまん、すまん、………」


「ほなら、教えんかい」


「なんじゃ!どっちが偉そうなんかわからへんやないか(笑)」


「早よ言え、早よ言え」



「うるさい奴やな、ほんま」


「早よ、言え」


……………


「ひふみ神示に、実はこう書いてある……」

「…………」


「はじめは、五分自分のこと、あとの五分が国のこと……」


「それなら、わしも知ってるがな」


「次に、七分国のこと、残り三分が自分のこと……」


「うん、うん」


「自分のがなくなって………」


「うん、確かにそう書いてあるが……」


「最近な、日本の国のこと、世界の国や人のことを皆が心配するようになってるわな?」

「そうやな……」


「それが、そうなんやないか?」


「そうなんかな……」

「そうしかないがな。自分の…、に離れんとな、自分の……では話にならん。足元が無くなっても自分の……とは言えんぞ」


「そうか、いや、そうやな……」


「そやから、もう始まってるがな」


「…?」


「始まってるがな」


「……(笑う)」


「そやろう?」


「……(もっと笑う)」
ニックネーム 龍 at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

操作される「アセンション」


霊的能力を何かしら持たないと「アセンション」出来ないならば、私はアセンションなど必要とは認めません。これは前にも書きました。


あの「仙台太郎」さんの話、記憶としての魂を持たず生まれてきた人の話は、生命の「生きる」という意味を知るような気がします。

霊的能力=アセンションと考え、何かしらの行動は自由だとしても、人に奨め強制などすればどうなるか、カルマの「瞬間的導入」などがあればどうなるか、すべては自分に返ってきます。


だから、アセンション=霊能力なんて思わないでください。私は「一端」しか知らないけれど、霊能力なんてたいした力ではないのです。
ニックネーム 龍 at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

二人の「姫様」の居られる世界


「竜宮のおとひめ様」が浦島太郎に持たせた玉手箱がナンタラ、あの亀はタイムマシーンでナンタラ、いやいや、異次元世界の扉を開けてナンタラ………



そんな「世界」にこだわっていると、狭い、操作された「世界」に迷うことになります。その「世界」は霊界でしょうが、考えてください。神さまが霊界だけの存在ならば、この私たちが生きる世界は何とも頼りない世界になります。


いつまでも霊界を「探索」するばかりで、「謎」ばかりを追い掛けるようになります。いわゆる、「霊界探訪記」の本が売れ続けるのは、「隠れた世界」ばかりに人々の関心が行くからでしょう。


よく考えてください。神の世界は隠れてなどなく、私たちの目の前に広がってはいませんか。よく見てください。貴方が見える世界に、精霊たちが遊び、花を咲かせてはいませんか。


気づいてください。闇は闇にばかり人々の関心を誘い、神世界が「隠れている」とか「見えない世界」だとか言い続けて来たのです。


闇の本体の世界に人々を誘い、現実世界を「不思議だ」「謎だ」と私たちに思わせて来たのです。気づいてください。


竜宮のおとひめ様が、浦島太郎を引き留めて、現実世界から霊界に連れて来たならば、その同じ名前のおとひめ様は、幽界の住人でしょう。


亀がタイムマシーンであったならば、その亀は何故そんなことをするのでしょうか。亀は人間に何を教えたいのでしょうか。


話は単純です。秘密や「誰も知らない世界」など、はっきりとおかしいと知るべきです。私はあの人よりすぐれた霊的能力があることは、偉くも何ともないのです。反対に危険なのです。


「見えなくても」、そう、この私たちを包み育んでいる世界に、力はみなぎっているではありませんか。風を見ることは、雲の流れから見えるし、草や木の揺れからも見えます。


水の流れは、雨となり川の流れとして見えます。


熱の流れさえ見ることは出来ています。


「見えない」ところに「置かれた」「もの」を、見る必要はないのです。「隠れた」「もの」に、わざわざ会いに行く必要はないのです。


私たちは光にうつし出された世界を、この学びの場で、ともに学んでいけばよいのです。全てはあるのです。
ニックネーム 龍 at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

地球が生み出す「世界」について


ひふみ神示に出てくる「竜宮のおとひめ様」は、最初に現れられた方で、次に現れられた方が「コノ花サクヤ姫様」ということに「成って」います。


水の世界の守護存在がまず「神さま、この度のご用にお使いください」と、次に火の世界の守護存在が現れられたと「成って」います。


この神示は、「地球の守護存在」又は「地球精霊」の「復活」を示されたのだろうと、私なんかは考えるわけです。


海に居られるかのような「竜宮」の主と、山に居られるかのような「コノ花サクヤ姫」は、共に地球精霊ともいえる「光の守護存在」に違いありません。


水が地球を循環するには「熱」が必要です。山を造り、陸地を維持しているのは、マグマです。「コノ花サクヤ姫」という守護存在の実体は、これにつながります。



地球を二つの「精霊」が交差して、水はそれを、熱は陸地を、互いが支え、互いの中をめぐり、合わさりながらそれぞれは自立し、本当にさまざまな世界を創り出しています。


地球表面世界のこれら二つの側面は、すべての生き物に根元的なエネルギーを運びます。そのエネルギーで地上世界は保たれているわけです。


ひふみ神示は、二人の日本人に馴染み深い神存在をあらわすことで、私たちを神世界にいざなうわけです。


それぞれは「姫様」であるが、高いところからすれば「姫様」ではないぞ。この「姫様」方は、地球表面世界のたいそうなお役目を果たされ、休むことなく命を守っておいでぢゃ。


さて、神世界の「一端」を見ることにしましょう。見る力は、貴方の内にあるでしょう。ひふみ神示の最も難しく根幹ともいわれる「じしんの巻」を、少しずつ書いていきたいと考えます。
ニックネーム 龍 at 09:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年07月19日

火星年代記


火星13200年
オリオンからのリラ人の戦士の侵略により、火星が征服され奴隷になる。


火星13210〜13400年
破壊的な目的のためにピラミッドの建設が始められる。


火星13400年
ピラミッド頂上からの最初の核爆発がとり行われる。


火星13500年
湖や泉が目に見えて干上がっていく。


火星13500〜15500年
水位が低くなり、水の配給が必要になる。

核爆発によって生じたオゾン層の穴がますます日照りを強める結果となる。

皮膚癌が広まる。

日常生活のなかで暴力がまん延する。

酸素不足になる(空気がそうとう稀薄になる)。

警察国家になる。

監獄と仕事用のテントがつくられる。


火星15500年
プレアデスの光の使者が到着し、瞬間的カルマの法則を課す。

………………


『プレアデス人類と惑星の物語』「火星年表」より


※ リラ人由来の電磁兵器の、かつての火星での凶事を見る。

電磁兵器から出る電磁波は、今や新しい形の地球にかぶせられた「網」ではないか。私はそう見ている。
ニックネーム 龍 at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

囲い込まれた新都


もはや蘇我一族が、三宝をもってこの国を統治せんとし、聖徳太子伝説は正しいと、そのような仏教国家史観に囚われていては何も発見することは出来ない。


美しく、綺麗に、装飾され包装された箱の中身が問題だ。その箱の中身は、中国伝来の律令国家体制の構築に利用され、頼山陽が見た「上も下も心を一つにした」かつての日本の崩壊をもたらした「毒爆弾」とされたのだ。


ケバケバしい絵画と黄金の仏像は、それこそが権力者の象徴となり、私たちが求めようとする仏の世界とは正反対のものであった。ゆえに、鎌倉時代後半の「庶民仏教」の興隆が必然として発楊されるわけでもある。



安倍晴明を語るまでもなく、ある陰陽師は、夜な夜な井戸の中へ入り冥界に出向いたといわれる。


平安の都のチミモウリョウを治めるために、ウシトラの方角にある天台密教行者はゴマ焚きをし、清水寺の仏たちが夜の都を見回るといわれた。


平安の新都は文字どおりの「カルト宗教都市」の様相を成して、人々の意識に低層四次元の存在は刻印づけられていく。邪鬼、妖怪、地獄を信じた人々は、それらを呼び集める集団意識が「ぬ〜っ」と都を飛び交った。


その集団意識に取り憑いた邪鬼たるリラ人にとって、こんなに都合の良い空間はない。



平安の都の四方向にますは、四神たる神々は、言わずと知れた中国・朝鮮半島からの神々である。本当に都を守護していたのか?だとすれば、何と力のない神々ではないか。その効果はなく、チミモウリョウが暗躍したではないか。



反転して考えれば、新都平安の都は囲まれていたのである。囲い込まれて、悪夢を見させられ続けたのである。


「仏と共に仏魔渡りて、やりたい放題の暗がりの世となって」、ひふみ神示のことばは簡結だ。


方々よ、幻想から目覚められよ。

原因のない結果はない。

精霊世界と都を切り離し、悪神が囲い込んだ新都では、その手先のような権力者が、消えてはまた新しく現れたではないか。


間違った仏を信じこまされ、人々は地獄を見たではないか。
ニックネーム 龍 at 12:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

休憩私の体験


私の数少ないメル友の女性が、あるとき瞑想をしていたら背中あたりから何かが近づく気配を感じました。


「其処は神の宮、近づいてはならん!」と、彼女は声を聞いたそうです。近づいて来たものが何か、お分かりでしょう。


もうメル友を止めた女性は、霊が見えたり神のエネルギーと自分はつながっていると、自分のブログに書くような人でした。


テレビなどに出ている方々とも知り合いで、彼らは見える人たちでした。この見えるはずの人が、何故か、下心ある男に利用され、私は相談を受けたのです。しかし、すぐに彼女がそれらを自らが引きつけていることがわかり、注意をしたら怒られました。


霊的な力と覚醒を常に統合していないと、このような事が起こり得るわけです。


上の彼女については、彼女が瞑想を始めるまさに開いた時を、何物かが狙ったのですが、見事に彼女の守護存在が現れて、そのモノを追い返したわけです。


私が初めて体験した霊的なことは前にも書きましたが、参考にとまた書いてみます。


私は死ぬことをかなり意識していました。心の中では怒りと後悔ばかりがあり、肉体内部が発動する形でエネルギーが動きました。


そして、一時間ばかり、話しかけてくる、見せにくる、耳にささやくと、邪霊のさわりばかりで、子供を守らないとと考え、台所から包丁を出して身構えました。しかし、さわりは収まらず、ついに声が出て、救急車を呼ぶことが出来ました。


私ははっきり、霊存在に自分が操られていたことを思い出し、その異常な体験ゆえに誰にも話せず、深い闇の中に入ってさ迷います。それは五年、六年と続きました。


覚醒とは、霊的事実や体験などを正しく自分の中に確立することだと思います。その覚醒の「土台」からさらに、螺旋を昇る決意をすることが必要です。つまり、覚醒とはゴールなどないのです。


二番目に紹介した彼女は、もったいない事に、取り巻きや人間関係が悪いのか、そこの段階で立ち止まってしまったのです。慢心です。


貴方は目指すべき方向を高く内にかかげて、ゴールなき螺旋を一つ一つ楽しみながら、大いなる命を感じつつ歩いてください。守護存在は貴方を守っています。貴方が自ら邪霊を呼び込まない限り、貴方を侵すことなど彼らには出来ません。
ニックネーム 龍 at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記</