写真は大神神社(三輪山)の社務所前の三角型鳥居
桧原(ひばら)神社(
奈良桜井市三輪町三輪字桧原)に行く里に、天照大神様の五人の息子たちを祭る村の神社があることは、前にも少し書きましたが、また書いてみます。
この桧原神社に行くには、JR桜井市駅からバスで「箸中」で降りて山の方へ歩く一本道です。途中に箸墓古墳があり、「三輪そうめん」の山本の工場を通り抜けます。
村の郷社はすぐに分かります。
「三輪そうめん山本」で分かるように、飛騨一族が住んだ里であろうと思われます。どこのガイドブックにも載せてないかもしれませんが、飛騨一族は五人の天照大神様の息子たちを祭っていたのです。
しかも、山本健造先生の調査では、トヨスキイリ姫のお墓がこの近くにあり、「女の神の墓とは絶対に言うな」と子孫に厳命していたと言います。そうしてお墓は守られたと言います。
「つい目と鼻の先の三輪山ににらまれて、ドンドンと刀、槍、棒を持って攻められて村が潰されてしまう程なので、そうなると墓を護る人もいなくなり、三輪山の思う壺にはまり尊い墓が壊されるので、村中相談のうえ、やむなく菅原道真(すがわらみちざねとして「天神」として)祀(まつ)ることで、三輪山の傘下に降ったと推定されます」
この里からさらに山道を行けば、最初に皇居より出された天照大神様が鎮座された桧原神社に辿り着くのです。
桧原神社の天照大神様が鎮座された社の前には、写真の三角型鳥居を一列にひろげたかのような、奇妙な型の「三連鳥居」が置かれているのです。
鳥居が三つ連なり、真ん中が一番高く大きくて、横の左右の鳥居が少し小さく作られています。
この鳥居があるために、桧原神社の神殿ははっきりと参拝者には見えず、まるで入り口の前に無作法に置かれた門のようにしか見えないのです。
ツイタテというのがありますが、正にそれなのです。来る者から見えないように、また出る者は出られないように、このツイタテである三連鳥居は置かれてあります。
これを不思議だと、神道の謎だと、他には無い様式だと、そんなデタラメは有り得ないのです。しかも三連鳥居には、ご大層に格子目が木で作られて、いよいよ神殿をよく見ることなど出来ないのです。
三角型鳥居は、三輪鳥居なのです。三は出雲教のシンボルなのです。
三の一族は、日本を乗っ取った一族の末裔でしょう。もしくは忠実なるシモベでしょう。
「天照大神を表に出す」それは、何も大層な難しいことではないのです。天照大神様につながる一族を、日本の祖先としてお迎えすることなのです。
私たちの“いま”をはっきりと確立することなのです。闇の仕掛けた網を打ち破り、私たちの人生を確立することなのです。
桧原神社に仕掛けられた三連鳥居の、木の格子目が、闇の網だと気づくことなのです。
人よ、光であれ